回復へ

 ここ半年ほど憂鬱な状態が続いている。どうやら軽度の鬱になっているようだ。学校へ行けないことも多々あり、成績の下降は著しい。

 いつまでもこうしている訳にはいかない。無理はいけないが、そろそろ本格的に回復を目指さなければならない。カウンセリングも受けているが、やはり体調を整える事から始めねばなるまい。

 

 という事で、歯医者へ行ったり、整体を受けたりと、身体のメンテナンスをしているのだが、これがまた酷いことになっていたようだ。

 前も書いたが、虫歯がたくさんあった。歯科医からは「よくここまで作ったね」といった内容の事を言われた。歯痛で水を飲むのもままならなかったから、妥当な評価だと思う。

 およそ半年ぶりに整体へ行った。首と腰に強いコリがあるらしい。歪みをとってもらったのだが、さっきから少し痛む。たぶん、身体が歪んだまま筋肉がついたのだろう。それ程酷い状態だったのだ。

 歯にしろ腰骨にしろ、ここまで放置してしまったのは、一重にあの抑鬱の行動力減退によるものだ。全く、あちこち滅茶苦茶になってしまった。

 

回復を目指そう。身体も心も正常にしなければ。これ以上、暗い気分に蹂躙されるわけにはいかない。

 

 取り敢えず、生活リズムを整える事。それに尽きる。無理はいけないが、いつまでもこうしてはいれない。反撃だ。回復の時だ。

 

 

 

2017/10/18                            山中馬之助

怠惰

 歯医者へ行った。虫歯による歯痛を治すためだ。いい歳して食い物の入り口に大量の菌を住まわせてしまったわけだ。情けない。

 こんな事になったのは深い事情が…あるはずもなく、ただただ歯磨きをサボっただけだ。全く、いい歳して歯磨きもできないとは。

 

 いくつになっても歯医者は怖い。笑われようが構わない。歯医者は怖い。痛いわけではない。あれしきの痛みは気にならない。

 歯科医の腕は確かだ。僕は彼らを信頼している。にも関わらず、怖い。歯医者とはそういうものなのだ。

 歯医者の何が怖いのか。そう、あのライトだ。あの光に照らされると、人体改造でもされているような心持ちがしてくる。

 そして、あのドリル(のような機器)の音である。あの機器が自分の視界の外で自分の身を削っているのだ。そして、悪魔の雄叫びと歯の断末魔が聞こえてくる。怖い。

 

 あのライトの光とあのドリルの音を浴びたとき、いつも思い出す光景がある。いつか見た、本郷猛がショッカーにより改造人間にされるシーンだ。いや、僕の枕元にいるのはあの黒マスクではなくて白衣の天使なんだけども。

 歯の治療ですらこれほど怖ろしいのだ。本郷猛の感じた恐怖は想像を絶する。その痛みも同様だ。あいつらの腕はダメだろう。たぶん、かなり雑な手術をする。絶対痛い。

というかショッカーはなぜ全身麻酔をかけないのだろうか。もう少し被検体に優しくてもいいのではないか。ヘタに抵抗されてダメになったら大損だ。その辺は大丈夫なのか?リスクマネジメントとかちゃんとしろよ悪の組織。

 

 などと考えているうちに処置は終了する。まぁ同じような事を週に一回のペースでやってもらわなければならないから、終了した訳ではないのだけど。一旦休止という訳だ。

 かなり神経を消耗した感があるが、これらは全て己の怠惰が招いた事である。やれやれ。まぁしかし、たかが歯磨きをサボった程度で人体改造を受けなければならないのだ。

怠惰というのは、やはり大罪である。

 

 

 

 

 

2017/10/14                               山中馬之助

慢性的睡眠不足と引き篭もった社会性

慢性的睡眠不足である。つらい。とてもつらい。

恐ろしきことに、一晩眠れぬ夜を過ごすと昼夜は簡単に入れ替わる。つらい。とてもつらい。

 

現在深夜4時を回り、朝刊が届けられる音がした。ようやく微量の眠気が香ってきた。この分だと眠気のピークは早朝に来る。

無論、今日は平日であるから眠るわけにはいかない。

 

学校とは、奇怪で、狂った場所である。

あの巨大な校舎は魔王でも住んでいるような気すらしてくる。

万全の状態でもかなりつらいのだ。眠らずに行けばスライム辺りに殺されてしまうだろう。

 

ただ、悪い事ばかりではない。睡眠不足だと注意力が致命的に欠ける事になるが、裏を返せば蛮勇を抱く事にもなる。

失敗の可能性を認識できなくなるのだ。

通常なら、蛮勇というのは、あまり抱くべきではない。しかし、僕のような日陰者ならどうか。他者との関わりを極力避けている透明な存在に、蛮勇によって色がつくのだ。

 

僕は元々他人が好きじゃない。だけど、関わりを避けてしまったのは愚策だった。消しゴム1つ借りる相手がいないのは不便だし、孤独はつらい。寂しい。

人は社会的動物なのだ。孤高の存在にはなれない。

 

だが、自らの手で閉じた扉は誰も開けてはくれない。そんなお人良しはいないし、何より内鍵が締まっている。自分で開かなければいけない。それができないまま、ここまで来てしまった。

 

しかし、僕には蛮勇がある。抱いて良いものかはわからないが、確かに、この内鍵をぶち壊す力はある。

外に出よう。失敗したって構わない。落ちるところまでもう落ちた。ここは地獄の釜の底だ。

 

などと考えながら、朝日を待つ。

 

 

                                                            眠い。

 

2017/10/03         山中馬之助

意識他界系高校生になりたい(なりたくはない)

突然だが、僕はメンタルズタボロ系男子高校生である。というか生まれて此の方正常なメンタル(何をもって正常とするかは不明だが)というものを持っていない。よって、正気を保つのは特殊な方法を取っていた。

その方法とは、周りを見下す事だった。かなり性格の悪いやり方だが、仕方ない。こうでもしないと気が狂うか引き篭もるかの二択を迫られるのだ。更に性格の悪い事を言うと、僕はIQが高いらしい。小学三年のときの値は128。IQの平均値は100になるよう設計されていて、その値が30離れると会話が成り立たなくなるそうだ。つまり、僕は平均よりIQが2低い人とはまともな会話ができない。

こういう事情もあってか、僕は変人だと見做されていた。いや、変人なんて生易しいものではなく、小中九年間はキ〇ガイと呼ばれていた。やれやれ。他人にこんなあだ名をつけるとは、やはりIQが低い。

このように、他人を馬鹿にし、見下さなければならない人間になってしまったのは周囲からの影響を多分に含んでいるのだ。許して欲しい。

 

さて、僕は受験戦争を乗り越え、高校生となった。地域有数の自称進学校である我が校に入学する生徒はさぞキ〇ガイばかりだろうと胸を弾ませていた僕であったが、アテが外れる。

流石は自称進学校、真面目なガリ勉しかいないのである。様々な学力の人間が混在する中学校では勉強ができるキ〇ガイとできないキ〇ガイがいた。しかし、ここにはできないキ〇ガイはいない。そして不幸なことにも、我が校にもごく少数存在するキ〇ガイは皆他のクラスに流れ、我がクラスには真面目な真四角人間しかいないのだ。無論、キ〇ガイの僕に居場所などない。僕は強いストレスと不安感で不眠になってしまった。

それだけならまだ良かった。しかし、ここは自称進学校である。授業進行がとてつもなく速い。不眠に悩む人間の集中力でついていけるものではない。よって成績は目も当てられないものになる。

先程述べた通り、僕は周囲を見下して正気を保つ人間である。それが自称進学校において落ちこぼれ、人を見下せなくなったらどうなるか。言うまでもないだろう。

僕は暗黒の時代を歩むことになった。現実逃避に縋り、負け犬になって吠え、理想像を捨てた。(脱法ハーブはやらなかったが)前を向く余裕が無かった僕は登校すらままならなくなり、成績は…これも言うまでもない。

こんな状態で高校生活最初の夏休みに突入する。僕は宿題に追われることを放棄し、メンタルの回復に専念した。

結論から言うと、僕は回復した。完全な状態ではないが、悪くはない。

 

だが、宿題と、周囲との成績の差は地層の如く積み上がり、僕の上にのしかかっている。正直言えば辛い。かなり辛い。

本当の事を言うと目を背けたい。現実逃避に縋る生活に戻りたい。だけど、今は戦わなければならない。やめるわけにはいかない。この事態の収束には茨の道を歩まねばならないだろうが、負けるわけにはいかないのだ。

 

前置きが長くなった。(1000字以上ある)過去を振り返ると長くなるのは僕の悪い癖だ。これだけの地層を処理するためには生半可な事ではいけないだろう。また、僕は思考がマイナス方向に向かう癖がある。これから鬱気味の塞ぎ込み高校生にならないために、意識他界系高校生にジョブチェンジしてしまおうと思う。意識を高く持てば地層の処理も捗るだろうし、忙しければ無駄な思考にリソースを割けなくなる。(ホリエモンもそんな感じの事を言ってた気がする。)

これより、意識他界系高校生化作戦を開始するわけだが、無計画にやっても意味がない。一応の計画は立ててある。

【作戦要綱】

①一日一冊の読書

②午後8時30分から10時を地層処理の時間と定め、それ以外の事を一切行わない

③一日1kmのジョギング(雨天時は筋トレ)

④8時間睡眠

 

以上だ。「全然意識高くないじゃないか!」とお怒りの方もいるかも知れない。だが、こういった計画は少しずつ進めていかなければならない。これは作戦のフェイズ1に過ぎないのだ。(なお、フェイズ2の用意はしていない模様)

しかし、これだけでも中々厳しい。平日の24時間で考えると、学校にいる10.5時間、風呂や食事等で1時間、①で2時間、②で1.5時間、②以外の勉強で2時間、③で0.5時間、④で8時間。合計25.5時間。どれかを同時並行しなければならない計算だ。これだけ忙しければ無駄な思考も入る隙があるまい。意識他界系になって、戦ってやる。メンヘラを更に拗らせる暇もなく、現在僕を見下す立場にある連中の心臓にナイフを突き刺してやる(無論比喩表現だ)。僕が最後に生き残ってやる。そう決めたので、ここに宣言しておく。

僕は落ちこぼれだ。だが、ただ落ちこぼれて居られるほどプライドは低くない。やってやる。今に奴らの屍を踏みつけ、見下してやる。意識他界系となって、奴らを、いや、学校社会を嘲笑ってやる。

やるのだ。やらねばやられるのだ。

以上です。

 

2017/09/30                             山中馬之助

岡田斗司夫ゼミと僕

先日、吉田豪氏と岡田斗司夫氏の語り口を比較するツイートをした。すると、吉田氏のエゴサーチに引っかかったのか、吉田氏から引用RTをいただいた。この一連のやり取り(?)の中で、僕はなぜ岡田斗司夫ゼミという番組を好きになったのか分からなくなった。僕なりに少し考えてみたのでここに綴る。

僕が岡田斗司夫ゼミを初めて観たのは、半年程前の事。シン・ゴジラについて氏が語っている動画だった。観ていくうちに、僕の意識の全ては番組に集中していった。動画を見終わった僕は、気がつくと他の動画を再生していた。魅せられていた。凄いものを見てしまったという感覚があった。もう後戻りはできなくなっていた。

ここまで読んだ貴方の目には僕が岡田斗司夫氏の信者であるかのように映っているだろう。だが、そんな事はない。僕はただ、あの番組が面白くて観ているだけであって、氏の意見を全て鵜呑みにしてしまう程ではない。理解に苦しむような発言もあったし、苛立ちや嫌悪に似た感情も抱いた。それでも尚、僕は岡田斗司夫ゼミが好きなのだ。それには、氏に対する憧れのような物が関わっているように思う。

少し僕の話をする。僕は現在高校一年生だ。志望校に進学し、夢の高校デビューを果たすはずだったのだが、現実にはそう上手くいかなかった。新しい環境に緊張し、周りとのコミュニケーションが取れず、十分な会話ができなくなってしまった。学校が強いストレス源になり、勉強も手につかない。新学校で勉強ができないというのは市民権を得られないに等しい事だ。ますます学校へ行けなくなり、会話も苦手になる。抑鬱の悪循環の中で僕はただ現実逃避に縋るしかなかった。

そんな中、心の支えになっていたのが岡田斗司夫ゼミである。ハイテンションのオッさんが満面の笑みを浮かべて早口で物を語る様は、僕に現実を見る暇を与えなかった。何をしていても学校へ行っていない罪悪感に潰されそうになっていた僕には希望の光だったし、抑鬱状態が続き、人との会話が成り立たない人間にとっては目指すべき理想像のように見えた。本当に光り輝いて見えた。それこそ釈迦やキリストのように。だから僕は、岡田斗司夫ゼミを貪るように視聴していたのだと思う。

さて今は。大分精神状態も安定し、学校へも行けるようになった。時間的な余裕が無くなったのもあるだろうが、番組を観なくなった。興味のあるトピックを語っている場合はそこだけ視聴している。こんな見方は今までしていなかった。最早、光り輝く岡田斗司夫氏に縋る必要性はなくなった。

思うに、僕にとって岡田斗司夫ゼミは良く言えば精神安定剤、多少の悪意を持って言うなら、合法知的ドラッグだったのだと思う。

それでも岡田斗司夫氏の考え方は参考になるし、もう少し時が経てば、ドラッグとして以外の見方もできるようになると思う。

また、評価経済社会の到来を予言した先見の明は脱帽を禁じ得ない。岡田斗司夫氏の更なる活躍と岡田斗司夫ゼミの飛躍を祈念してこの記事を閉じる。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

平成29年9月8日                 山中馬之助

僕らがしがみつくレール〜働きたくないでござる

‪中学の修学旅行、僕らは東京へ行った。田舎の中学生にとって東京は夢にまで見た場所であり、前日の夜は眠れなかった。‬
‪1日目、社会見学と称して満員電車に乗らされる事になった。駅のホームへ行く。なんとも形容できない憂鬱な雰囲気がそこにはあった。‬

今にも死にそうな顔をしたサラリーマンが数えられないほど押し込められ運ばれる様は、あの夢にまで見た東京とは全く違う、気味の悪いものだった。

それまでの僕は勉強を頑張り、進学に強い高校に進み、就職しやすい大学へ行き、東京の大企業に勤めるつもりだった。

僕はなんのために勉強をするのか分からなくなった。都会へ出なくても、たとえ満員電車に乗らなくても、僕らは死にそうな顔で働かなきゃいけない。そんなもののために受験勉強という苦役を強いられるのなら、いっそ学生のうちに死ぬことが賢明なのではないか。とすら思った。この考えは未だに心の中で燻っている。

僕は就職せずに生きていきたい。それが出来ない事は分かってる。だけどその方法を模索することを止めてしまったら、僕の死体が線路に転がることになるだろう。

この電車は、僕を未来へ運んでくれない。

暑い

 今日も暑い。

 路面が溶けるのではないかと考えるほど、暑い。

 僕の身体が溶けるのではないかと思うほど、暑い。

 今日はさぞガリガリ君が売れただろう。僕も財布に余裕があれば買っていた。(僕のお小遣いは月3000円だ。上手く使えば十分な金額だが、それができないのが男子高校生の性というヤツか)

 まあいい。赤城乳業が儲かることはどうでもいい。それより僕らの健康だ。

 暑さというのは、人を殺してしまう。近所の爺は『暑さで死んだやつぁおらん』などと訳の分からないことを言っていたが、きっと暑さで脳がイかれたんだろう。

 小学生の頃、熱中症で搬送された。点滴を打つために、物凄く太い注射針を刺された記憶がある。『もう少し遅かったら危なかったよ』男性医師が言ったときのやさしい顔が忘れられない。もう少し遅くなくてよかった。今でも思う。

  皆さんも暑さに気をつけて欲しい。

 

睡眠導入剤が効いてきた。今晩はよく眠れそうだ。

                       平成29年7月22日    松永諒太